僕 を 支 配 で き ま す か




 101回目のプロポーズ、ならぬ、101回目のSEX、をたとえばしたとして。うん、そう、たとえば。残念ながら四(ヨツ)との関係において、僕は101回もしてはいない。残念ながら、悲しいことに。話を戻そう。101回したとして、きっと僕は四を手に入れることはできない。皮膚の一部分さえ、きっと。頭の先から足の爪先まで、その賢い脳から毎回僕を蹴ってくる25センチの足まで、手に入れられるところなんかひとつもない。だけどもしかしたらノストラダムスの予言が外れたみたいに、四の予言も外れるかもしれない。
 四、せめて僕が神様に連れて行かれる前には僕のことを考えてね。
「よつ、」
 勝手に作った合鍵で部屋に入って、冷たそうな床の上に座っている四を呼ぶ。なんだよまた来たのかよ、と顔をしかめる四に微笑んだ。綺麗にカラーリングされたストレートの茶色い髪が、太陽のひかりを受けてつやつやとしている。ああ、可愛くて綺麗。僕を面倒くさそうに見つめてくる猫みたいな眼だって、僕のありとあらゆる欲を刺激する。彼を見るだけで、僕は大体幸せになれる。一度そのことを打ち明けたら、「ばかじゃねえの」と、真顔でそう言われた。僕の頭は人に言わせるととてもおめでたいらしく、その頭がきっと照れているだけだよと教えてくれたのだけど、探してみたらそのかけらはどこにもなかった。四は、本当に、真顔で、そうあれは絶対零度と言って過言ではない声色で、そう言っていたのだった。百戦錬磨の僕は、女の子には勿論男にだってそんな態度はとられたことがなかった。僕の周りはいつだってふわふわでやわらかくて、気持ちのいいことばかりで溢れていた。それは今も変わらないけれど、でも四によって僕の周りは少しだけ変わった。周りからは女の子が減って、僕はそんな男前な四に改めて惚れたのだった。
「なに、」
 不機嫌そうな声。僕と話すときの四のテンションはいつもこんな感じで、今更そのことに悲しくなったりはしない。そりゃあ初めは少し悲しかったけれども、無視されていないだけでもいい。2週間前に、こんな風に部屋に入って四の寝ている隙にキスをしたら、昨日まで口を聞いてもらえなかった。あんなに恐ろしくかなしいことはない。僕という存在を初めから無いように扱われるなんてどんな罰ゲームより難易度が高いと思う。
 こうして今日、四の声を聴くことが出来て僕が映った四の眼を見ることが出来て、それはなんて特別で素敵で、しあわせなことなのだろう。
 僕の頭は2週間の反動で思いのほかゆるくなっているみたい。
 だけど、気にしない。訝しむようにこちらを見つめてくる四に、僕の周りにいた女の子のようなしなをつくって言ってみる。勿論語尾にはハートマークをつけるよ。だから受け取ってね。
「会いにきたの。」
「出てけ。」
 ああ、ハートマークがばりっと砕けた。
 四はそれだけ言って、外していたヘッドホンを耳に当てた。床の上には真新しいアルバムのケース。誰だったかな、四のすきな歌うたい。四の耳を独占できるなんて羨ましすぎるよ、歌うたい。僕も歌うたいにでもなれば、四の耳を今みたいに独占できたのかな。
 なんだか無性にかなしくて、でもこんなのはいつものこと。僕は、いつものように四の隣に座って四の見る風景を見せてもらう。
 ほとんど使われないキッチン。鉢植えがひとつあるベランダ。白いカーテン。二人がけのソファと小さいテレビと、四の使うヘッドホンとiPod。
「ねえ、やっぱり床冷たいね、よつ。」
「じゃあ、座んな。ていうか寄んな。」
 あれ、聞こえていたの。やっぱり言葉が返ってくるのはいいね。それが四の言葉なら尚更いい。だらしなく弛んでしまっただろう頬を手で隠して、隣を見る。
「よつ、」
 名前を呼んでも、四は返事をしない。下向きの睫毛がかすかにふるりと震えただけで。
(ああ、かわいいな。)
 僕はこの部屋で毎回そんなことを確認している。
「よつ、」
「なんだよ。」
 ヘッドホンを外して睨んできたって全く怖くないよ。
 僕に向く、きれいなきれいなふたつの眼球。涙目のように見える水分量の多い眼。目尻の縁が赤く染まっていて、なんだか性欲を刺激されるんだけどどういうことだろう。四は、いつだって僕を野蛮なモンスターにする。
「よつ、」
 なんだかいろいろなものが抑えられなくなってきて蹴られるのだとわかっているのに、僕は手を伸ばして四の髪に触れる。太陽のひかりであたたかくなった髪はいつものように触り心地がとてもいい。そうっと、絡めるように掬うとさらりと指と指の間をこぼれていく。
(ほら、また僕のところに残らない)
 四に触れると僕はかなしくなる。コンマ何ミリかの小さな希望に縋ってどうにか奮い立っているのに、それさえ簡単に崩れてしまう。四に触れたい、だけど触れたらわかってしまう。本当は希望なんかどこにもないこととか。触れて、少しでも僕の温度が残ったらいいっていう、ささやかな願いとか。僕が四に触れる、その行為は、きれいな布に落ちたコーヒーの染みみたいに醜く残っていて、だけれど汚れたものは四には似合わないからすぐに脱いでしまうんだ。そうしてどこかに捨ててしまう。ほら、四はちゃんときれいなままで、僕の痕なんかどこにも残らない。そんな風に。
(壊しちゃいたく、なる。)
 じわりと、どこかからしみ出してくるものを誤魔化すように、手のひらで頭の形を撫でる。のぞき込んだ四はやっぱり不機嫌な顔を崩さない。
「よつ、」
「さっきからうるせえな、てめえは。」
 そうして顔をしかめてくるのもいつものこと。
 僕の手を拒まないくせに、崩れないなんてずるい。
 僕は一体どうしたらいいんだろう。
「よつ、よつ、」
「なんだよ。」
「やっていい、」
「死ね。」
 そんな言葉と同時に脇腹を蹴られた僕は、つめたい床とハグ。四は喧嘩っ早くて男兄弟の中で育ったおかげか、女みたいな顔から想像できないくらい、すぐに手が出る。うん、ほら、ギャップって大事だもんね。
 僕は脇腹を抱えたまま、仰向けに倒れ込んだ。白い天井。僕とSEXするときに四は毎回これを見ているだろう。そんなことを考える僕の頭は確かにちょっとかわいそうかもしれない、なんて。寝ころんだまま、隣にいる四を見る。ここからの角度でも、きみは完璧なかわいさだね。
「ねえ、よつ。」
「なに。」
「SEXしよ、」
「まじ死ね。」
「2週間分させて。」
「ばかじゃねえの。」
 僕の言葉に心底呆れたのか、眉を下げて見下げてくる視線。よつ、と僕はまた名前を呼ぶ。するとやっぱり呆れた顔をされた。
「何回返事したらいいんだよ。」
「ん、2週間分。」
 返事が欲しいの。
 そうして手を伸ばせば、四がまた、ばかじゃねえの、と言った。
 だって、さみしかった。四が振り返らないこと僕を見ないこと僕に向く四の声を聴けないこと、唯一共有することをゆるされたこの風景を見せてもらえないこと。全部、さみしかったんだ、四。
「よつ、すき、超すき。」
「喋んな。」
 何回目かわからない告白に顔をしかめた四は抱きしめた僕の片腕を払わなかった。背中に回してもまだ余る華奢なからだに、息を吐く。触れてこない両腕を空いている腕で戒めて、それでも僕の欲望は治まらない。ひどく間近にある男にしては白い頬に唇を押しつけると、四はくすぐったがって肩を竦める。かすかに動いた両腕に力を込めて、顔を離した。四の両眼が僕を映している。猫によく似た、きつい眼。
 四の中身が僕だけになればいいのに。
 触れることがいちばんの近道だと思っていた。
 けれど実際触れてみたら、僕はいちばん面倒な道を選んでしまったのだと気づいた。
「このなか、」
 僕は、四に触れながら願う。
「僕でたくさんにしてよ。」
 だけど、四は言う。そのときだけ、僕は四が笑うのを見ることが出来る。薄い唇をゆがませて吐き出すその言葉、もう何回聞いただろう。
「しねえよ。」
 ねえ、そう言うけど僕は思うんだ。まるで挑んでるような四の言い方に、本当は試されているんじゃないかって。そうして拒まないのはそういうことなのかって。僕の頭はやっぱりおめでたいかもしれないけれど、ノストラダムスの予言だって外れたのだから、四の予言だって外れるはず。


 僕を支配できますか。
 答えはイエス。
 だから、早く僕のことでたくさんになってね四。
 それが死ぬ間際であってもかまわないよ。



07.10.01
ゆるくてごめんね、でもたのしいの!<自己満ってこういうことかしら
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